口腔習癖とは日常生活において無意識に行っている癖のうち、口に関連する癖を『口腔習癖』といいます。歯並びやかみ合わせは、外側の唇や頬と内側の舌の均衡がとれたバランスの上に成り立っています。しかし、口腔習癖があると、このバランスが崩れて歯並びやかみ合わせに影響をきたすようになります。では、口腔習癖にはどんなものがあり、どういう影響があるのでしょうか。代表的な例をご説明していきます。指しゃぶり指しゃぶりは約半数の乳幼児が経験*しているとされ、本来は生理的なもので子供の成長とともに自然に消失**します。しかし、それが習慣化してしまうと、上下のあごの発育や歯並びに大きな影響を与えてしまいます。吸う動作には、頬と唇周囲の筋肉によって内側に押す力と細く口をすぼめる動きがあり、上下のあごに横からの力がかかります。指しゃぶりがあるとその力が常にかかるので、次第に上下のあごの形が前に突き出し細くなります。また、指が口に入っていることで歯と上あごにも余計な力がかかり、あごの形を変形させます。さらに、指のせいで舌が本来の位置にないことは、結果的に舌の筋力低下を引き起こし、舌がいつも下に落ちている状態(低位舌)になります。その結果、舌で前歯を押すことになり、あごだけでなく歯並びにも影響がでます。この一連の現象すべてが癖であり、「上顎前突(出っ歯)」「開咬」「交叉咬合」の原因につながります。3歳を過ぎても指しゃぶり、毛布などを咬む、口に手をもっていくなどをしている場合は、注意が必要になります。実際に、3歳・4歳・5歳のそれぞれの時点で、指しゃぶりをしている子供としていない子供の上顎前突の割合を調べたデータでは、指しゃぶりをしている子供はしていない子供より3倍近く上顎前突になっている**結果も報告されています。ご家庭でスムーズにやめられない場合は、歯並びなどに影響がでていないか、かかりつけの歯科や矯正歯科専門のクリニックに相談に行くことをお勧めします。*口腔衛生会誌 JDentHlth57 : 176−183,2007**小児歯科学雑誌 32(5):1067-1073 1994 106頬杖頬杖は、頬を手に当てて顔を支える動作で、いろいろなパターンがあります。例えば、机に向かって頬杖をついたり、寝転がった状態で片方だけといったように、姿勢によっても違いがあります。頬杖は顔に持続的に外力を加え、顔の筋肉やかみ合わせに影響がでます。成長期にそういった癖があると、あごの成長発育方向に影響を及ぼし、顔面の非対称を引き起こす可能性があります。また、あごを動かすとパキっと音がしたり、口を開け閉めするときにスムーズに動かないといった、顎関節症のリスクが上がることも言われています*。歯並びだけでなく骨格にも影響が及んでいる場合は、年齢にもよりますが、場合によっては矯正歯科治療単独では改善が難しいこともあります。顔のゆがみが気になって、頬杖をつくことが習慣化してしまうこともあるので、そういった場合にも、一度矯正歯科専門のクリニックでの相談をお勧めします。*日本矯正歯科学会雑誌 67 (1), 35-45, 2008-02-25口唇閉鎖不全(お口ポカン)口呼吸をしていると、舌が下に落ちている状態(低位舌)になり上あごを舌で押す力が弱くなるため、上あごの発育と歯並びに影響を及ぼします。また、口の中が常に乾燥した状態で唾液の量が減少するので、唾液が本来持っている歯を清潔に保つ作用が低下し、虫歯や歯周病の原因菌を増殖させやすくするだけでなく、感染症などにもかかりやすくなることがわかっています。口呼吸の状態が続くことで、歯並びやかみ合わせが崩れ、口を閉じたくても自然に閉じられないバランスになってしまいます。そのような場合の特徴として、口を閉じるとあご先にしわができたり、口元がもこっとした感じが見られます。口呼吸の原因の一つに「鼻閉」があります。呼吸が鼻呼吸で十分補えないために口呼吸をしてしまう状態です。鼻閉の原因はいくつかありますが、症状によっては耳鼻科で治療をしながら、口呼吸を改善していく必要があります。舌突出癖・異常嚥下(舌を前に出す癖)通常、何かを飲み込む(嚥下)動作をするときは、舌は上あごに押し付けられ、のどにくっつくような動きになります。しかし、舌突出癖では、舌が下に落ちた状態から前に突き出すような動きになります。この前に突き出す動きと舌が下に落ちている状態が、「上顎前突(出っ歯)」や「反対咬合(受け口)」「歯間離開(歯と歯の間が空いている状態)」「開咬」などの不正咬合の原因になります。この舌を突出させる嚥下の仕方は、本来は母乳を飲むための動きです。乳歯が生えて離乳食~固形の食べ物に変わったときに、自然に嚥下も前者の動きに変化するのですが、様々な要因でそのままになり、定着してしまったために、歯並びやかみ合わせに影響を与えてしまいます。低位舌低位舌は安静時に舌の先が上あご(口蓋)に触れておらず、下に落ちている状態です。これまでにご説明した、お口ぽかんや舌突出癖と併せてみられる癖です。低位舌では、舌を持ち上げるための筋力が弱いことがまず問題になります。下に落ちている舌が下あごに余計な力をかけることで下あごの成長方向の前下方への成分が増え、下顔面が長くなる方向に力がかかりがちになります。同時に、舌を持ち上げ上あごを押し広げる本来必要な力が作用しないため、上あごの成長が不十分になります。これらの力のバランスが違うことで引き起こされる状態が、反対咬合(受け口・しゃくれ)をはじめとする成長期の顔面骨格に影響する状態に発展してしまいます。爪をかむ(咬爪癖)爪を咬むことは、3歳ころから始まり、主に心理的な問題が関係していると考えられています。また、子供だけでなく、大人でも爪を咬む癖をなかなか止められません。指しゃぶりと逆で、年齢が上がるほど増える傾向*にある癖です。爪を咬む癖は、歯だけでなく、指先や爪にも影響します。例えば、爪はいつも唾液で湿った状態にさらされるため、強度が落ち、ボロボロで割れやすくなります。また、常に深爪の状態になり、爪の形が変形し、横に広い爪の形になるのも特徴です。指先もボロボロで乾燥した状態になりがりちです。歯や咬み合わせに関しては、歯並びのガタガタ(叢生)や、本来あたるはずの歯どうしが当たらないかみ合わせ(開咬)、歯と歯の間に爪を押し込むことで部分的に歯と歯の間が開いてしまう(空隙歯列)などの原因になります。また、衛生面からも不衛生な癖といえます。*小児歯科学雑誌16巻1号(1978)123→不正咬合の詳細はこちら唇をかむ(咬唇癖)よく目にするのが下唇を咬む癖ですが、上唇を咬むケースもあります。恥ずかしいといった気持ちが芽生える5歳ころから出やすい癖で、日常的に咬むようになり癖に移行してしまうと、唇に歯の型がつく、唇がガサガサで皮が剥けやすい、唇周囲の皮膚が乾燥し赤いといったことが見られます。歯並びへの影響としては、唇を咬むことで内側への力がかかるため、歯が傾いてしまい、上顎前突(出っ歯)や下顎前突(反対咬合・受け口)といった咬み合わせの原因になります。もともと上顎前突(出っ歯)の傾向があるかみ合わせでは、口を閉じる筋力が弱いことが多く、下唇の上に前歯が乗っている状態になり、結果的に咬んでしまうようなパターンもあります。習癖治療にはMFT(口腔筋機能療法)と矯正歯科治療このように癖を放っておくと、様々な影響がでてしまうことがおわかりいただけたのではないでしょうか。時間が経つと癖も定着して取り除きにくくなり、歯並びもどんどん悪化してしまうので、気付いた時にすぐアプローチすることが大切です。もし子供のうちに気付いたのであれば、癖をやめられるようにサポートし、正しい筋肉の動かし方ができるようにトレーニングをすることで、歯並びの悪化も防ぎやすくなります。そのためのトレーニング療法、MFTMFTとは、口腔筋機能療法(Myofunctional Therapy)のことを指し、舌や唇、頬などの口の周りの筋肉を整え、癖を取り除き、誤った舌と口腔周囲の筋肉の使い方を改善することで歯並びやかみ合わせに対してもアプローチできるトレーニング療法です。MFTの目的は、あごの正常な発育を促し、正しい呼吸法を獲得(口呼吸から鼻呼吸へ)し、咀嚼、嚥下(飲み込み)、発音を改善することです。→MFTの詳細はこちら問題を放置したまま矯正歯科治療で歯並びやかみ合わせを整えても、元の状態に戻る力がかかり、結局後戻りしてしまいます。逆を言えば、これらを正しい状態に整えていれば、かみ合わせや歯並びを安定した良い状態で維持することができます。MFTを矯正歯科治療と併用することで、歯並びの改善をスムーズに進めることができたり、治療後の後戻りに対して効果を得ることができます。MFTは離乳食を開始するころから徐々に獲得していく生理的な動きがベースになっているので、3歳ころからスタートできます。また、成人の方で癖がなかなか治せない、癖のせいで歯並びに影響が出てしまっているとお悩みの方にとっても、今からでも遅くありません。す。最後に、、ちゃんと癖を知って、しっかり治そう癖が出来上がるには様々な要因がありますが、本来の素質だけでなく生活環境や周囲との関係性など心と体の双方から原因を考えなければなりません。本質的な原因を見落として、癖を無理やり矯正しようとしてもうまくはいきません。MFTを実施するうえで、担当医との信頼関係や情報を共有できる環境が整っていることは、よりスムーズに具体的に癖を治すための近道になると思います。保護者の方は子供の口腔習癖についてとても関心があります。ただ、ご家庭でどのように解決すればいいのか、いろいろやってみたもののうまくいかないと言ったお声もよく伺います。なかなか癖がなくならないことを気にして言い過ぎても、結果的にお互いに疲れてしまうだけなので、そんな時は第三者(歯科医師)が間に入ることで、うまく癖を解消していけるかもしれません。MFTや矯正治療が必要か分からない、お子様の習癖が気になるなど、ちょっとしたことでも、お口に関することで気になることがありましたら、お気軽にカウンセリングをご予約ください。