先天性無痛無汗症(CIPA)と歯科管理

患者会「トゥモロウ」参加報告

先日、先天性無痛無汗症の患者会「トゥモロウ」にて行われた歯科検診に参加させていただきました。
本記事では、先天性無痛無汗症(CIPA)の概要と、歯科的観点からポイント、そして当日の講演内容から得られた気づきについてまとめています。

目次

先天性無痛無汗症(CIPA)とは

先天性無痛無汗症(congenital insensitivity to pain with anhidrosis:CIPA)は、
痛みや温度を感じる神経、そして発汗をコントロールする神経機能に障害が生じることによって、

  • 痛み・熱さ・冷たさを感じにくい
  • 汗をかけない

といった特徴を示す先天性・遺伝性疾患(常染色体潜性遺伝)です。
痛みを感じにくいために、けが・やけど・骨折を繰り返しやすく、歯科領域でも自覚症状が乏しいことから虫歯の重症化や口腔内の外傷が進行することがあります。
1996年には原因遺伝子が NTRK1 であることが明らかとなり、
CIPAは「遺伝性感覚自律神経性ニューロパチー(HSAN)」の4型に分類されています。
知的障害や発達障害を合併することも知られています。
日本での推計患者数は 130〜210名 とされ、性差はなく、家族歴は主に兄弟間に限られることが多いと報告されています。

歯科的にみられる特徴

先天性無痛無汗症において歯科が直面する最も大きな課題は、自傷行為(自己咬傷) です。

1. 自己咬傷と歯の自己抜去

歯が生え始める乳幼児期には、ほとんどの児に以下の部位へ咬み傷が出現します。

  • 頬粘膜
  • 指先

痛みのフィードバックがないため力加減ができず、
気づいた時には歯が大きく動揺していたり、いつの間にか自ら抜いてしまうケースもあります。

2. 口腔内にみられる主な所見

  • 舌や頬粘膜の反復性咬傷(非常に高頻度)
  • 虫歯・歯周病の重症化
  • 骨髄炎
  • 上下顎骨の骨折

乳歯の咬傷や歯の異常動揺をきっかけに、歯科で診断に至ることも少なくありません。

乳幼児期の対応:保護床の重要性

重度の咬傷への対応として、歯列全体を覆う 保護床(マウスピース様の装置) が用いられます。
しかし現実には、

  • 乳幼児では装着が安定しない
  • 歯の本数が少ないと作製自体が難しい

といった課題もあります。
今回の患者会でも、保護床の存在が周知されていないことで、乳歯が不必要に抜歯されてしまう事例が報告されました。
乳歯の早期喪失は顎の発育に大きな影響を及ぼすため、可能な限り 保護床による保存的管理 が推奨されます。
なお、概ね 3歳前後で保護床を離脱できると顎の成長への影響が少ない とされています。

咬傷の軽減後に見えてきた新たな課題

近年は保護床の普及などにより、歯の保存が可能となる症例が増えてきています。
一方で次のような新たな課題も明らかになっています。

1. 顎幅が狭く歯が並びきらない(叢生)

歯が残るようになったことで、上下顎の幅が狭いまま永久歯列へ移行し、
ガタガタ(叢生) が顕著になるケースが増えています。

2. 矯正治療の難しさ

矯正装置を触ってしまい口内炎や外傷を起こしやすいため、
特にワイヤー矯正ではリスクが高いと共有されました。
そのため予防的矯正としては、

  • 混合歯列期(8歳前後)からの継続的な口腔管理
  • 取り外し式の床装置の活用
  • 必要に応じた連続抜去

など、無理のない範囲で永久歯列を整える方針が望まれます。

患者会・研究班の取り組み

診断確定後に連絡をいただければ、研究班より歯科的対応に関するDVD が提供されるとのことでした。
早期から適切な対応を知っていただくことで、長期的な予後が大きく改善します。

おまけ

東京慈恵会医科大学・加藤総夫先生による「痛み」の講演より

患者会では、東京慈恵会医科大学の加藤総夫先生による「痛みのメカニズム」に関する講演も行われました。
先天性無痛無汗症を直接取り扱った内容ではありませんでしたが、痛みの本質を理解するうえで示唆に富むお話でした。
加藤先生は痛みを以下の3種類に分類し、その背景にある脳神経の働きを解説されました。

  • 侵害受容性疼痛
  • 神経障害性疼痛
  • 痛覚変調性疼痛(中枢での痛み処理異常)

特に強調されていたのは、
「痛み」とは侵害刺激そのものではなく、脳における感覚・情動・記憶などの統合的処理によって成立する”認知経験”である という点でした。
この枠組みに基づくと、末梢で侵害受容が不全な疾患であっても、痛みの認知が必ずしも完全に消失するとは限らない可能性が示唆されます。
ただし、これらは痛みの理解を深めるための理論であり、先天性無痛無汗症に適用した科学的エビデンスが存在するわけではありません。
それでもなお、痛みを多層的に捉える視点は、今後の病態解明に新しい可能性を開く概念である と感じられ、非常に興味深い内容でした。

参考文献(引用論文)

Epidemiology of hereditary sensory and autonomic neuropathy type IV and V in Japan.

長期口腔管理を行なった無痛無汗症の一例

難病情報センター

まずはお気軽にご相談ください

初診相談では、現在のお悩みをお聞きし、最適な治療の方向性をご提案いたします。

目次